秋山郷のマタギ文化

2022年11月19日 20:26

十日町市と津南町で開催された「大地の芸術祭」、今年はコロナ対策として春から秋までの会期だったので、11月になってから近くの作品を観てきた。

紅葉もピークだったので、今後の作品の資料のために秋山郷の景色を撮影しながら、旧大赤沢小学校まで行った。
パスポートを見せたら受付の人が「2階でガイドブックに載ってない作品の展示をしています」と言うので、階段を昇って行くと、熊の毛皮が出迎えてくれた。

中で映像の上映をしていてちょうど終わる所だったので入ってみると、地元のおじいさんと思われる方が「マタギの記録映像です。全部見ると30分くらいです」と案内してくれた。

映像には日付が入っていて1990年代だったと思う。
春、まだ雪の残る山に男達が集まり、かんじきを履いて山に入って行く。
熊を見つけると、オーイオーイというような声で熊を追い立てる。
パーンという乾いた猟銃の音。
撃たれた熊は、雪の山の斜面を凄い勢いで転がり落ちていく。
絶命した熊の大きな体が落下していく姿がとても印象的だった。可哀想とか、そんな感傷とはかけ離れた何か。
この山奥で獲られるとても貴重なものを、人が求め、それを手に入れた。そういう感じ。

死んだ熊は大の字に手足を広げ、それにロープを結わえて男達が雪の上を引き摺っていく。
雪の上は滑るからいい。里に運んで雪のない所を運ぶのは一苦労。十人くらいのおじさん達が「ヨイショー」と重そうに運ぶ。

熊は仰向けにされ、顎の下から刃物を入れて、腹に向かって裂いていく。
黒い毛皮の下は白い脂肪がついている。
やがて解体された熊の肉はビニール袋に分けられ雪の上に並べられる。

次の猟は山の中のマタギ小屋から始まる。
小さな小屋に前の日から泊まり込み、翌朝、猟に出かける。
仕留められた熊は鍋物になって、男達は酒を酌み交わし、最後に山の神に祈りを捧げて映像は終わる。

それは普通に山に暮らす人々が長い間ずっと繰り返してきた、生活の一部としての祈りという感じで、けれども熊を獲りに行くというのは山の神から与えられる恵みを頂く行為で、その生活に根差した神聖さみたいなものが、今の日本にはほとんど遺されていない貴重なものだと思った。
神と人間と自然が当たり前に繋がっている感じ。

最近あちこちでやってる「なんちゃら芸術祭」がどこもかしこも客寄せインスタ映えイベントとなり、大地の芸術祭もそんなようなものになってしまったのだが、本当の意味で「秋山郷マタギ狩猟映像」は、大地の芸術という感じがした。

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